長野横笛は京都の塗師・蒔絵師。名は次郎兵衛。屋号は橘屋。
二代目の頃には工房に多くの職人を抱えていたとみられ、膳・椀類など質の高い塗りと蒔絵の作品を多く残しているが、比べて初代の頃のものは少ない。横笛工房の作品の多くは真塗・蝋色塗の上に平蒔絵で文様を描くことが多いが、このような蒟醤技法のものは非常に珍しい。
底部に金漆銘にて「文化乙丑歳 雍州橘栄造」と入れられており、この作品が初代横笛が橘屋を開業して間も無い文化2(1805)年に作られたことが分かる。(※橘屋は享和年間(1801〜1804)に開業したとされる) 「雍州」は山城国(京都)の中国式の古名である。また「橘栄造」とあるので、身分の高い人物からの注文か、あるいは横笛が顧客の持つ本歌の蒟醤茶器を見せてもらってこの作品を写しとして製作したのではないか、とも推察できる。
通常、横笛作品のほとんどは共箱が添っていても「長野横笛」の黒文方印があるのみであるが、これには署名がされており、加えて桐箱の材や作りもそうそう無い上等な仕立である。更には銘書の型紙も没案含めて二種添っており、未だ不明が多い横笛の業歴の中にあっては資料的にも非常に価値の高い逸品である。 |